※一括査定フォームは、個人情報保護などの点で評価が高い「車買取比較.com」のシステムを使っています。
↑「一括査定」ボタンをクリックして、簡単な入力作業をしていただければ、お客様の愛車を最も高く買ってくれる業者が分か ります。査定申し込みの作業は2分程度で済みます。
横浜車買取センターが常に高額で中古車の買い取りができるのは、ワケがあります。
| 横浜港からの低コスト輸出 | |
| 横浜港は、日本最大の車輸出拠点です。当社は、地元の港湾関連業者との提携により、横浜港の倉庫や設備をを格安料金で利用しています。これにより、お客様から買い取った中古車を低コストで輸出できます。この結果、高値での買取が可能となっています。 |
|
| 自動車貿易の実績 | |
| 当社は長年、自動車の輸出・輸入を手掛けてきました。アジアや中東など海外での中古車業者に対して、中古車を高っています。現地の有力な中古車ディーラーや商社に対して、安定的に中古車を売却する販売網を確立しています。 |
|
| 当社だけでなく、提携先の買取店も査定に参加 | |
| 横浜車買取センターは、日本最大規模の査定サイト「車買取比較.com」のネットワークを活用し、当社だけでなく全国の車買取業者とともに一斉見積もりをしています。つまり、お客様は当社か査定を申し込むと、同時に最大8社からの見積もりを受け取ることができます。お客様は、その中で最も高い金額を提示した業者を選んで、車を売却することができるのです。 |
|
新着情報
| 2010/8/1 | 「夏休み高額買取キャンペーン」を開始しました。 |
| 2010/7/22 | ドバイの中古車輸入業者様より、トヨタ車100台の買取注文をいただきました。 |
自動車業界ニュース
ホンダ、世界で「特産品型」開発を推進へ
ホンダは四輪車の新たなグローバルモデルの確立に向けて、特定の国や地域で生産・販売ボリュームを稼ぐ「特産品型」の新型車開発を進める。特産品の中から、グローバルモデルに昇格させていく計画。現在、ホンダブランド車のグローバルモデルは「シビック」「フィット(4ドアセダン含む)」「アコード」「CR―V」の4車種が存在する。今後、グローバルモデル以外に各国・地域で現地生産するヒットモデルを開発し、5番目のグローバルモデルの候補を育成していく。(続きを読む)
トヨタ:米にハイブリッド攻勢 現地工場「カムリ」モデル生産開始
最近、横浜市磯子区や戸塚区、金沢区での車買取・査定事業を強化しているトヨタ自動車。そのトヨタが、米ケンタッキー州の工場で、中型セダン「カムリハイブリッド」の生産を開始したと発表しました。「プリウス」などハイブリッド車の生産は主に日本で行っており、北米での生産は初めて。ガソリン高の影響により、北米では燃費がいいハイブリッド車の売れ行きが好調で、現地生産によってさらに販売拡大を図るそうです。(続きを読む)
全米運輸労組ホッファ元会長失跡 30年ぶり新情報 FBI遺体捜索
- ケネディ大統領暗殺と並んでアメリカ史上最大の未解決事件の一つとされる1975年の全米運輸労組(通称チームスターズ) のジェームズ・R・ホッファ元会長失跡事件をめぐり、米連邦捜査局(FBI)が「かなり信頼できる新情報を得た」 として遺体捜索作業を始めた。 米国では昨年、一九六〇年代の公民権運動家殺害事件などが新証言をもとに解決しており、 全米のメディアが失跡事件捜査の行方を注視している。ホッファ氏はハリウッド映画でも描かれた有名人物。(続きを読む)
横浜の地域情報
横浜港発着の外国客船クルーズが初寄港
2010年も横浜港大桟橋国際客船ターミナルには、飛鳥2、にっぽん丸、ぱしふぃっくびいなす、ふじ丸など、国内外のクルーズ客船が入港する予定です。横浜港を母港とする「飛鳥2」は横浜が誇る大型豪華客船で、4月には世界一周の旅に出かけます。(続きを読む)
2010年、APECが横浜で開催!
- 横浜市でAPEC(エイペック、アジア太平洋経済協力)が今秋開催されます。横浜がAPEC誘致の立候補を表明したのは2008年。以来、羽田空港や東京都心からの利便性、世界規模の会議・イベントの開催実績などをPRし、ついに2009年3月、多くの立候補地から横浜が開催地に選ばれました。(続きを読む)
対応地域
横浜車買取センターは横浜市全域(18区)で営業しています。横浜に根を下ろし、地域密着型でサービスを提供しています。 査定対象地域は、日本全国です。全国の車買取会社と提携し、全国各地からの査定・買取を承っております。
青葉区 、 旭区 、 泉区 、 磯子区 、 神奈川区 、 金沢区 、 港南区 、 港北区 、 栄区 、 瀬谷区 、 都筑区 、 鶴見区 、 戸塚区 、 中区 、 西区 、 保土ケ谷区 、 緑区 、 南区
↑ページのTOPに戻る中古車査定人ハマーのコラム
空を飛ぶ「夢」を再び~がんばれ、ホンダ!
2010年6月27日
▲ホンダの小型ジェット機
1903年12月17日の午前10時35分。米ノースカロライナ州キティホークで、ライト兄弟がエンジン付き飛行機で人類初の飛行に成功した。
高度3メートルで、飛行距離は約36メートル。「鳥のように空を飛びたい」という人類の夢を実現する大きな飛行だった。
それから百年余り。大統領も参加して行われたライト兄弟の記念行事では、兄弟の「フライヤー一号」の復元機を飛ばす実験が行われた。
同じ日には、ホンダが、米国でビジネス用小型ジェット機の初飛行を行った。
ホンダの小型ジェット機は、高度一万メートルを、最高時速775キロで2000キロ飛行できるという。機体からエンジンまで自社開発。1962年に航空機事業への参入を宣言した創業者、故本田宗一郎氏の夢が42年目に実ろうとしている。
もう一回り大きな夢、4年後の初飛行目指して、日の丸ジェット旅客機の設計に取り組み始めたのは、三菱重工を中心とした航空機メーカーの約50人の技術者チームだ。
サイズは30人乗りないし50人乗りと小振りで、米国のジャンボ・ジェットや欧州のエアバスにとてもかなわない。
だが複合材料を多用した軽くて空気抵抗の少ない主翼や胴体、最先端の電子・情報技術を駆使した操縦システムや電子制御システムなど、経済性でも安全性でも、世界のトップをいく新世代旅客機実現を目指す。
戦後初の日の丸プロペラ旅客機YS11が製造打ち切りとなったのは1973年だ。以来30年、後継機の開発は何度も計画されたが具体化しなかった。
人類初の飛行から百年目に官民合同プロジェクトとして着手にこぎつけた旅客機開発。その「夢」の実現に期待したい。 (ハマー)















